進む遺伝子組み換え蚕の研究と産業への応用


日本農業新聞の2015.3.23付「月曜特報」が遺伝子組み換え蚕の記事を特集しています。
衰退する養蚕業の救世主として、遺伝子組み換え蚕に期待をする声が研究者や一部の農家の間にはあるようです。
光る絹糸を使った舞台衣装が美しいという記事もかつて読んだことがありますが、そんなものがなくても照明で同じような効果はいくらでも作りだせますし、遺伝子組み換え蚕を使って医薬品を作り出すことを考えるより、病気を予防することを考えるほうがずっといいのではないでしょうか。
警察犬の代わりに遺伝子組み換え蚕を使う、というような利用法なら、人間の健康には影響ないでしょうが、生物である以上、交雑を100%防げる、と言い切ることは難しいでしょう。
技術の進歩に目を奪われるあまり、広い視野で物事を見ることを忘れてしまった人が世の中には多すぎるように思えてなりません。
参考までにその記事を引用します。

以下引用~~~~~

●遺伝子組み換え蚕
伝統技術で世界をリード
衰退の一途をたどっていた日本の養蚕に、新たな糸口が見えてきた。遺伝子組み換え蚕の利用だ。普通の絹糸を作るだけでなく、光る糸、クモの糸のような強いシルク、さらには繊維製品だけではなく、診断薬や医薬品原料を提供する新たな産業として注目されてきた。警察犬や実験動物の代役になる可能性も出ている。その陰には日本が長年培ってきた養蚕技術と蚕に対する研究の蓄積がある。群馬県の富岡製糸場の世界遺産登録で追い風を受けている養蚕業だが、新たな復活策の動きを追った。

●養蚕復興糸口に
線維、医薬品、多分野で研究進む
広がる可能性

明治から昭和初期にかけて外資獲得で活躍した日本の養蚕は、1930年には220万戸以上の養蚕農家が支えていたが、現代は500戸以下に減少。繭の生産量は最盛期の1000分の1にまで落ちている。
そこに新たな養蚕復興の携帯として注目を集めているのが、医薬品原料の生産など、遺伝子組み換えを施した蚕の飼育だ。蚕に桑の葉を与えて繭を作り、繭から絹を取り出す、というこれまでの養蚕から、最先端の産業形態が生まれつつある。
蚕が医薬品生産などで注目されているのは、たん白質合成能力が高いからだ。蚕が作る繭の成分のほとんどは線維たん白質のフィブロインセリシンと呼ばれるのり状のたん白質。遺伝子組み換え技術を使い、たん白質合成能力の高さを生かし、検査薬や医薬品などの原料となるたん白質を生産させる。
蚕は長い年月をかけて扱いやすいように改良されていることも、遺伝子を組み換えて飼育するのに適していた。野外に放しても生きていけず、飛んで逃げないので野外への拡散が防げる。野生のクワコとの交配の心配もほとんどない。遺伝子組み換え体が野外に逃げ出す心配が少ない。実験動物と違い、かみついたりしない安全な家畜だったことも利点だ。
遺伝子組み換え蚕の生産・飼育には、カルタヘナ法に基づく設備が必要。従来の養蚕より施設のコストは掛かるが、取引される繭の価格は高い。
民間企業なども、新たな養蚕に関心を見せ、遺伝子組み換え蚕の研究に取り組む事例が増えている。農業生物資源研究所には、農家からも「遺伝子組み換え蚕を飼育してみたい」という問い合わせが相次いでいるという。遺伝子組み換え蚕の技術を起爆剤に、衰退しつつあった養蚕業の復活を――――という期待も高まる。

●生物資源研が作製
蚕はガの仲間で、居間から5000年以上前の中国で、野生のクワコを飼い慣らしたのが始まりとされる。日本では、紀元前後に中国から伝わったとされる。
世界で初めて遺伝子組み換え蚕の作製に成功したのは、日本の独立行政法人・農業生物資源研究所だ。2000年のこと。全身の蚕糸試験場の流れを汲み、明治時代から蚕の研究を続けている。
同研究所は07年に光るシルク(蛍光シルク)の作製法を発表。08年には蛍光シルクのニットドレスを試作し、09年にはデザイナーの桂由美さんと連携して蛍光シルクのウェディングドレスを発表している。

●診断薬向け委託生産 後継者育成も視野
実用化の動き 前橋市の飼育組合
 遺伝子組み換え蚕の実用飼育に世界で初めて取り組んでいるのが、JA前橋市管内の養蚕農家だ。絹糸を生産するためではなく、医薬品の原料を蚕で生産する。今年で2年目。これまで培ってきた蚕の飼育技術を生かし、国内の養蚕復興に結び付けたいと飼育する養蚕農家は意気込む。
遺伝子を組み換えた蚕を飼育しているのは、群馬県内の養蚕家3人で組織する前橋遺伝子組換えカイコ飼育組合。
 農業生物資源研究所の技術をベースに、県内の民間企業が、体外診断薬に使う有用物質を生産する遺伝子組み換え蚕を開発した。この蚕の繭は小さかったので、さらに群馬県蚕糸技術センターが病気に強くて飼いやすく繭も大きい「ぐんま200」と交配させて実用的な蚕種を作出した。同組合ではこの蚕を飼育している。
 JA前橋市の稚蚕共同飼育所を改修し、飼育所として借用。14年から3万匹の実用生産を開始した。全量がメーカーからの委託生産。今年は増やして11万匹にした。桑ではなく人工飼料を与え、通年飼育する。
 遺伝子組み換え蚕は、通常の絹糸用の蚕よりも高値で取引される。遺伝子組み換えのため飼育にはさまざまなルールがあるが、同組合の松村哲也組合長は「蚕を飼うという点では同じ」と違和感はない。
 松村組合長が住む集落には60年前、約120~130戸の養蚕農家がいたが、40年ほど前には20人に減り、さらに20年前には松村組合長ただ1人になってしまった。「富岡製糸場の世界遺産登録で国産シルクの需要も増えている中、遺伝子組み換え蚕を通じて、養蚕業を復活させたい」と松村組合長。「今後は生産量をさらに増やして、若手の後継者を育成したい」と期待する。JA前橋市農産販売課の楠由輝夫さんは「養蚕業を衰退させないため、JAとしても応援していきたい」と全面支援する。

●警察蚕、実験蚕 
新たな産業創出も
蚕の新たな利用分野が検討されているのは、革新的な繊維や医薬品の生産だけではない。養蚕農家が持つ飼育技術と世界トップといわれる蚕の研究実績、それに生化学を結び付け、全く新しい産業創設につながる研究が進んでいる。
 一つは、蚕の成虫、カイコガが持つにおいを感じ取る性質の利用だ。雄のカイコガは、普段はほとんど動かないが、雌のフェロモンにだけ反応して羽ばたきなどの反応を示す。雄の触角が、敏感なセンサー機能を備え、離れた場所にいる雌を検知できる。
雄のカイコガの触覚には雌のフェロモン物質を受け入れる受容体がある。それを遺伝子組み換え技術で改変することで、さまざまなにおいや物質を探し出すセンサーを作る。東京大学先科学技術研究センターの神崎亮平副所長らのチームは、麻薬などの特定のにおいに反応するセンサーを開発する研究を進めている。戮察犬に代わる「警察蚕」が誕生する可能性もある。
 医薬品開発の現場ではマウス(ハツカネズミ)などの実験動物が利用されているが、動物愛護の観点から、利用が厳しくなっている。マウスの代わりに蚕を使えないか、という研究も進む。蚕はマウスの100分の1程度のコストで済み、体内での薬物への反応が哺乳類と似ているなどの特徴がある。「マウスを殺してしまうことに罪悪感もある。かみつかれることもある。蚕であればこうした懸念が減る」と研究者は言う。
 既に人間の遺伝子を導入したヒト糖尿病モデル蚕や、がんモデル蚕なども開発されているという。糖尿病やがんに対抗する薬剤開発への貢献が期待されている。将来は、個人の遺伝子を導入した蚕を使い、薬剤の効き方や薬害の出方をあらかじめ調べるという考えもある。各個人に適したオーダーメード医薬品が開発できる時代がくるかもしれないという。

●専門家こう見る
農業生物資源研究所遺伝子組換えカイコ研究開発ユニット長 瀬筒秀樹
富岡製糸場で高まるムード 地域の柱確立を
遺伝子組み換え蚕の研究を進めている、農業生物資源研究所遺伝子組換えカイコ研究開発ユニットの瀬筒秀樹ユニット長に、今後の展望や可能性について聞いた。
     ◇
 蚕は効率的にたんぱく質を生産できる優れた家畜であり、さまざまな可能性を秘めている。遺伝子組み換え蚕の分野では、日本が世界を大きくリードしているが、これは日本に長い養蚕
業の歴史があったからだ。 農業生物資源研究所が2000年に世界で初めて発表した遺伝子組み換え蚕は、オワンクラゲの遺伝子を導入した全身が緑色に光る蚕だった。今では光るシルクの他、クモの遺伝子を入れて作るクモ糸のように強いシルク、診断薬や医薬品原料などを生産させる研究が進む。
 動物実験で使われているマウス(ハツカネズミ)の代役として遺伝子組み換え蚕を使うとか、麻薬などのにおいを触角で感じるようにしたカイコガを作出し、警察犬の代わりに働いても
らうなど、幅広い分野の研究が進む。将来は、1兆円産業、輸出産業へと発展していく可能性を秘めている。
 養蚕業は、労賃が低いところで強くなる構造がある。欧州では、いち早く衰退し、中国では「東桑西移」といって、東にあった桑の産地が西に移動したことを表しているが、どんどん労働単価と地価の安い西方に、養蚕業が追いやられている。
日本の養蚕業は長年厳しい状況が続いたが、幸い、まだ消えてはいない。当研究所が遺伝子組み換え蚕に注目したのは1980年代。「遺伝子組み換え蚕が日本の養蚕業を救う」という思いが、ようやく実用化する直前までたどりついた。
 富岡製糸場の世界遺産登録もあって、養蚕農家のムードも盛り上がり、非常に良い流れになってきている。しかし、せっかく日本が世界をリードできる分野で、文化財として終わってしまってはもったいない。養蚕業が産業として復活し、農業生産が成り立つことが不可欠だ。
特に期待が高まるのは医薬品分野での研究だ。これまでの化学的な医薬品の開発は欧米が主体で、日本の製薬メーカーは多額の特許使用料を支払ってきた。
日本で蚕を使って医薬品が開発できれば、新たな産業を生み出す可能性も大きい。12年から当研究所と厚生労働省の研究所が、遺伝子組み換え蚕を使い、抗がん剤になる次世代抗体医薬品の開発に取り組んでいる。
医薬品の研究には10年、15年といった長い年月がかかる。長期的な展望を持って開発を進め、光る線維のような衣料品、シルクプロテインを使った化粧品、においを感じるバイオセンサーといった比較的早く実用化できる分野から取り組みを進め、農家で生産できるようにする必要がある。
養蚕業は、中山間地の農業としては最適だ。今ならまだ技術を持った生産者が各地にいる。そのノウハウを集め、若い人を雇用するなど、地域に新たな産業を
生むことも可能だ。
 世界遺産登録を契機に国産シルクが注目を集め、足りない状況になっている。遺伝子組み換え蚕に関する企業や農家からの問い合わせも増えている。農家でない人から
も「遺伝子組み換え蚕を生産してみたい」という声もある。こうしたムードをムードだけに終わらせず、国策として産業として、養蚕を復活させることが重要だ。

●記者の目
歴史を生かして
 農業生物資源研究所が1月、東京・上野で開いた公開シンポジウム「カイコ産業の未来」で、同研究所は遺伝子組み換え蚕の最先端の研究について報告した。
 家畜としての蚕の能力の高さ、遺伝子組み換え蚕の大きな可能性を示したが、日本で長年蚕を生産してきた養蚕業の歴史の長さが、こうした最先端の技術開発につながっていると、専門家は指摘した。日本が世界をリードする大きな可能性を秘めた分野だということは、今も養蚕で頑張る各地の生産者に、大きな励みになるだろう。
 農家に取材に行くと、2階が養蚕室として使われていた昔ながらの家屋を目にすることが多い。昔は全国各地で養蚕が営まれ、地域の産業になっていた。
  遺伝子組み換え蚕が産業として発展するためには、取り組む農家が増えるかどうかが鍵を握る。研究者からは、JA前橋市の取り組みが優良事例として取り上げられた。やる気のある生産者、JAや自治体が一体となって取り組む産地が広がることを期待する声も聞かれる。もうからなければなりわいにはなり得ないが、課題を乗り越えて国内の養蚕業が復活することを期待したい。(ま)

~~~~~~~~以上、日本農業新聞2015.3.23より、引用終わり~~~~~~~~~